2010年3月8日月曜日

37.ぞうさん

2月をすっ飛ばしてしまったなあ。お題は「ぞうさん」か。

どういうわけだか「ぞう」とは言わずに、「ぞうさん」と、敬称をつけてしまう。これはなぜ。
人間は自分を基準に物事を考える動物らしい。だから自分より体の大きなものには「さん」をつける癖があるようだ。
「きりんさん」「かばさん」「しかさん」「くまさん」
体が人間に近づいてくると、あいまいにあってくる。上記の中では、
「しかくん」でも「くまくん」でもよさそうだ。もちろん「さん」づけでもいいんだけど。「かえるくん」に「みみずくん」。あ、でも「あり」は「ありさん」やなあ。考えてみれば「さん」付けのほうが多いかも。とりあえず「さん」をつけておけば大丈夫、という気もする。
「かえるさん」「みみずさん」「とんぼさん」「ちょうちょさん」「はちさん」「はえさん」「かさん」「くもさん」
こういう敬称をつけるからには、それなりの尊敬の念があるはずだ。生きているものについて、どんな生き物にでも尊敬の念を持つということは大事なことだろう。それが「うしさん」や「ぶたさん」のように、食料として人間に貢献してくれているものも含めて。

さて「ぞうさん」とくれば、次に連想するのはなぜか「バナナ」である。タイでみかけた街頭のぞうさんは、えさ代を払うとバナナを食べさせることが出来た。わざわざ食べさせるためにえさ代を払うなんて、おかしな話だが、それでも自分の手からバナナを食べさせるということに、なんとなく喜びを感じてしまう。あんな大きな動物が、この小さな手から受け取る小さなバナナで満足してくれることの喜び。どこか「手なずけている」という喜び。そんな人間のエラそうなところが見えてしまうのだが。
実際は、ぞうさんはいつもバナナを食べているわけでもなく、バナナが主食なわけでもなさそうだ。動物園で見かけるえさは、大きな草の束だ。あれは何の草なんだろう。ヨシかササに見えるのだけれど。つまりはバナナみたいなちょっとしたものだけでは、あの巨体には栄養が足りないんだと思う。もっと大量に食べなければ。そのためには大量にあるものを主食にしなければ。もりもり食べて、ぐんぐん育つ。

もうひとつ「ぞうさん」とくれば、長い鼻である。地球上の動物で、あの鼻を持っているのはぞうさんだけだ。それを器用に使いこなす機能を持っているのも、ぞうさんだけだ。あの鼻でえさをつかんだり握手をしたりできる(できるのか)のは、ぞうさんだけだ。あの鼻が、動物なんだけど、手はないんだけど、なぜか親近感を持たせる大きな役割を持っているような気がする。大きいけれどかわいい。こんな動物は、ほかにはそういない。大きな動物はただ大きいだけ、その大きさに圧倒されるということはあるけれど、その上で「かわいい」と思えるのは、ぞうさんだけだ。ぞうさんばんざい。


久しぶりに書くと、ただ印象を並べただけの陳腐な文章になってしまった。ま、こんなのでもいいでしょう。
さて、次のお題。
チリで地震が起こって、日本にまで津波が押し寄せてきた。
というわけで「波」としましょう

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

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