2009年7月27日月曜日

26. 「冷凍冷蔵庫」

冷凍冷蔵庫ですか。
わが家の冷蔵庫のこと、ここで何度か話題にしているので、覚えている人もいるかもしれませんが・・・・。ほとんどタダでゲットしたものなのですな。これが。

ビック・カメラという大型店で冷蔵庫を買いまして。10万円を少し超える値段だったと思うねんけど。支払いしようと思ったら、百人に一人、10万円までタダというキャンペーンに見事に当選! ほんの数千円とかしか払わなくてすんだ・・・という話だったように思います。もうだいぶ細かいこと忘れたなー(^oo^;) で、お金も出していないのに、買ったことになっている分のポイントを使って、ガスレンジをゲット。買ったとはいえないな。冷蔵庫もガスレンジも、わが家でガンガン活躍してくれています。

新しい冷蔵庫になってから変わったこと、なんだろう。一番の恩恵は、夏の氷かな。自動製氷機能。この話も、氷のときに前に書いたな。昔はいちいち製氷ケースに水をいれて作っていたのが、今は自動でバンバンできるので、すごく助かってます。氷がある暮らしってのは、ほんま、最高です。あと、デザートとかをいただいたときの保冷剤を冷やしておいて、タオルにつつんで首にまいたりします。これでだいぶ涼しい。冷房ナシで過ごす昼間もいいし、寝るときにもいいです。

それから、これは実感としてはないんだけど、たぶん電気代がだいぶ安くなってる・・・はず。大きくなってるのに、前のこれより小さい冷蔵庫よりも電気代が安い。技術の進歩ってのはすごいですね。ほんとはクーラーとか、テレビとか、いろんなモノが新しい方が安いんやろなぁ。デジタルテレビをまだ購入していないわが家、DVDレコーダーもないわが家。いつかは買うことになるんかもしれんけど、新しい方が電気代が安いんかもしれんけど、買うときの出費を考えると、まだそういう気持ちになれましぇん。

それから、なによりも、冷蔵庫が大きい。大きいってことは、すごい・・・・とは思います。
しかし・・・・。うちの冷蔵庫、満タンにになることがほとんどないんですな(^oo^;) よくテレビで、冷蔵庫拝見!とかいうコーナーがあって、どこのお宅の冷蔵庫も満タンだったりします。あんな風にはならない。

冷凍庫には何が入ってるか。

ご飯を炊く時三合か四合炊いて、あまった分をお茶碗一杯ずつぐらいの量に分けてタッパで冷凍してる。炊いた日にはこのタッパが四つとか五つとかできます。だんだんなくなっていって、全部なくなったらその日の晩、また三合か四合炊きますねん。

お肉。豚肉や牛肉なら一キロとかまとめて買ってきて(外国産でも気にしないので、百グラム100円以下のもん)、あるいは鶏モモやムネもまとめて四つとか買ってきて、冷凍します。買い物いったそのときには、これがいくつかあり、使ってどんどんなくなっていく。

あとは、アイスクリームかな。
それから、保冷剤。
あっ、それから食パン。安いときに(100円とか89円とかのとき)に二斤とか買って、一斤はすぐに使い、残りの一斤を冷凍します。

冷凍してるのはこれぐらい。おかずとか、ゆで野菜とか、昔は冷凍してたことあったけど、今はあんまりしない。たこぶにお弁当を作って頃が新婚の頃あったけど(^oo^;)、今は作ってないから、冷凍食品もほとんど買わない。


冷蔵庫の方。
普通に、卵、豆腐、ハムとか、買ってきたもん。
漬物とかは一種類か二種類までかな。なくなってから次を買う。
調味料はまあまああるかな。香港系調味料、タイ系調味料、マヨネーズ、ケチャップ、めんつゆとか。
あと、飲み物か。牛乳。朝ごはん用に。コーヒーに混ぜる。あと、夏場はジュース類(こだわりはナシ。安ければなんでもいいところあり)。特に風呂上りに必須。それから水。ミネラルウォーターを買うのでなく、鉄管ビールを楽しんでます。冷やすとうまいです。普通に。余ったペットボトルに何本もつめて、喉が渇いたら家でも飲むし、出かけるときには持っていく。ときどきは少し冷凍してから持っていく。それから、麦茶。あとは、野菜室に野菜。

でも、これだけ並べても、こんなにいっぱいと思うけど、冷蔵庫が大きいから、スキスキガラガラなのです。買い物に行って、豆腐やコンニャクやシュウマイや野菜とか、いーっぱい買ってくるとしても、それがほとんどなくなるまで、あんまり買い足さない。ズボラで有名なわたくし、買い物の日を一日延ばしにするのが得意(^oo^;) 今日行くぞって、チラシをチェックするも、あー雨だ、あー暑い、あー練習だ、あー翻訳が面白い・・・と、買い物が明日になり、あさってになるのですな。おかげで、冷蔵庫が空っぽ近くになっても、すごくがんばって色々考えるから、冷蔵庫はさらに空っぽに近くなるのです。

でも、こういう生活でええのかなーって思います。冷蔵庫って空いてる方が電気代も安いらしいしね。ときどき、もっと小さい冷蔵庫でいいんかもって思うけど、大きいけど電気代は高くないねんから、それが空いてて、いざっていうときのために大きくてもいいかって、そう思うことにしてます。


そうそう、こないだあるテレビ番組で実験してました。おもしろかった。
ある家庭の冷蔵庫。すごく満タン。中味を調べてもらったら、奥の方から、あることも忘れていた食材が、ざっくざく。賞味期限が切れているものだらけ。あら、こんなものも、あらま・・・の連続。ないと信じて買い足していたものが、同じものが、奥からバンバンでてきたり。

で、この家庭の冷蔵庫替えてみた。小さいのに。半分ぐらいの容量の冷蔵庫に。めちゃ小さい。買いだめができない。どうなったか。驚くことに、逆に買い物に行く回数が減ったんです。面白いね。あるものが全部見わたせて、あれを使ってこれを作ろうと計画しやすい。ムダが減る。使うお金も減るっていう結果。

子どもがいるいないもあるし、近所にスーパーがあるかどうかもあるし、共働きかどうかもあるし、家庭によって事情は違うけど、この結果は面白かったです。冷蔵庫が小さい方が、買い物に行く回数が減るなんて。

「道具」ってものに、現代人は中毒になってるんじゃないかなーって反省も含めて思うことがあります。こないだ面白かった新聞記事のなかに、旅に持っていく道具ベスト10というのをあげたけど、とにかく、何かをしようとするときに、徹底的に「武装する」というか、必要なモノを買い揃えるところからはじめるって傾向ありますよね。こないだの日食でも、カメラとか、キャンプ道具とか。準備から楽しむという点では確かに面白いねんけど、なんか、十分な道具を持っていなかったら、不安になるっていう面が自分にもあるような気がするなぁ。

今、広島への旅を計画しているけど、旅するとき、持っていくもの。色々あります。

まず考えるのが充電器。携帯があれば、携帯の充電器。でもたこぶと考えて「携帯が切れたときは、使わなければいいね。だから持っていくのやめ」と決定。デジカメはたこぶと私、二つ。電池の形態が違うから、二種類の充電器。でもこれも、「二人ともが持っていくわけだから、どっちかの電池がなくなっても、かたっぽのカメラで撮れればいいやん。だから、持っていくのやめよ」って決定。そうして、身軽にしていかないと、なんかそういう「武装関係」で、どんどん持ち物が増えてしまって、カバンがどんどん重くなって、身動きがとりにくくなる。って感じがします。

ガイドブックも、前にいったときに、ブックオフで100円で買ったものだけど、なんだか重いなー、実はたいしたこと書いてない。お店の羅列だったりする。ほならもう、中にはさまってる携帯用の地図、これだけにしようかな。これさえあれば、街は歩ける。おいしいお店とかは、歩いて見つければいいし、その辺歩いてる地元の人に、いきなし話しかけて聞いてみるのも面白いかもしれん。

この「武装」しないと不安っていう自分を乗り越えて、あまりモノを持たない状態でいることを鍛えるというか、そうしないと、実は周りの景色とか、人とのふれあいを、楽しめてない気がするねんなぁ。どうなんでしょね。これだけ思っても、心がけても、やっぱ便利なものは欲しいし、物欲はなくならない。あー、人間よーって感じ(^oo^;)


おっと、冷凍冷蔵庫やったな。
まっ、終わり方は冷蔵庫ぢゃなかったけど、こんなもんでしょ。わはははははは。


では、次のお題にいきまーす。えっと、何にしようかなー。
うちのベランダで元気に育っている「雑草」これにしよう。これでお願いします。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

2009年7月24日金曜日

25. 「風」

「風」というと、はしだのりひことシューベルツの曲を思い出す(北山修作詩)

人は誰もただ一人 旅に出て/人は誰もふるさとを振り返る
ちょっぴり淋しくて 振り返っても/そこにはただ風が吹いているだけ

この曲が流行ったころは、小学生だったと思うなあ。ラジオか何かで聴いていた。2番の歌詞に、

プラタナスの枯れ葉舞う 冬の道で/プラタナスの散る音に 振り返る

というのがあって、「プラタナス」という言葉の響きに惹かれてしまった。そういう名前の木があるのだ。知らなかったなあ。

「風」という言葉のなかには、なぜか「自由」と同じような響きがあるように思う。「風のように自由に」という言い回しがあるからかなあ。ないか? あったような気がする。これも歌の題名か?

風を盛り込んだ歌はいっぱいあるなあ。柴田南雄という人が北原白秋の「風」という詩をテキストにした合唱曲は、とても美しい曲だ。

遠きもの まづ揺れて/つぎつぎに 目に揺れて/揺れ来るもの 風なりと/思う間もなし 我いよよ/揺られ始めぬ

よく考えてみると、風というのは面白い現象だ。それは現象であって、「風」そのものは実体としては存在しない。空気の流れるさま。それを感じると「風」と呼ぶのだ。(どうだ、まじめくさった文章だろう)

だから、風そのものを捉えることはできない。木が揺れる、草が揺れる、洗濯物が揺れる、自分の身体が揺れる、涼しい、寒い、そういうことを感じると、「あ、風が吹いてる」と思う。

ところが、風を捉えようとした人もいる。昔々「炎の人 ゴッホ」という映画を見た。子どものころだったので、詳しいストーリーはほとんど覚えていない。ラストで、麦畑のまん中でせわしなく油絵を描き上げたあと、銃で自殺するシーンは衝撃的だった。こどもやったしね。そのラストと同じぐらいに印象に残っているシーンがある。友人のドガと共同生活を送っている時のこと。その地方に嵐がやってきた。みんな戸を閉め切ってびくびくしている。するとゴッホがドガに、
「さあ、今だ! 風を描きに行こう!」
と言って、嫌がるドガにイーゼルほか画材道具一式を持たせて、強風の畑の中に立たせる。もちろん、イーゼルは強風に吹き飛ばされ、キャンバスもぼろぼろ。ドガが、「もうやめよう、早く帰ろう」と叫ぶように訴えても、ゴッホは、「これだ! 今がチャンスだ! これを描くんだ!」とこちらも叫びつつ吹き飛ばされそうなイーゼルを必死で押さえる。もちろん絵なんか描けるわけもなく、あきれかえったドガは、「もう知らん!」とその場をあとにする。
まさに「炎の人」!
芸術家って、こういうものかなあと、幼い頭に漠然と印象づけられたのでした。

「風」というのは、芸術家の魂を刺激するものなのかもしれませんな。

自然な風はとても気持ちがいい。自然な風が起こらない時は扇風機も回すけど。風があるとないとで涼しさはずいぶん違う。気温が少々高くても風が吹いていると涼しく感じたりする。逆もあり。気温はそんなに高くないのに、風が吹かず蒸し暑い、という時もある。
昔の天気予報には「不快指数」というのがあったなあ。あれはいつからなくなったんだろう。たしか湿度と気温から割り出して、80以上だと「全員不快」とかいう指針になっていたと思う。中学生のころ、理科の時間に習った覚えがある。
ひょっとしたら不快指数の中に「風力」というのはなかったか。なかったかなあ。なかったような気がする。でも風は天気の中では大事な要素だと思うけどなあ。
特に思うのは洗濯物関係。洗濯物がよく乾くかどうかは、なぜか風がよく吹くかどうかが大きいらしい。風通しがよいとよく乾くのだと。湿度とかもあるんだろうけど、大きくは風通しらしいです。だから、くるくる回る洗濯物干しなんかがあったら、きっとよく乾くんだろうなあ。どうやって回す? 誰か考えてくれ。

ここ2,3日、梅雨の大雨で各地で被害が出ている。こんな時に強風が吹いたらもっと大変だ。ほとんど台風。雨は必要だけれど、災害は困る。人間は勝手なんだけど、そこは都合よくなってほしい。もちろん、どちらが力を持っているかといえば、自然にはかなわないんだけど。なにしろ相手は、宇宙が始まった時からあるのだ。こちとら、「人間」になってから、ほんの数万年しか経っていない。キャリアが違う。ですから、ちょっとだけお情けを。こちらもちょっとは謙虚になりますから。

自然の風に吹かれつつ、そんなことを考える。自然はいい。自然はエライ。


夫婦して、話があっちこっちするなあ。そういう共通点があるのが、また面白いけど。
次のお題。自然がいいって言ったけど、文明の利器の恩恵にあずかっているのも確か。
この時期、冷たいものが常時手に入るのは大きいです。
というわけで、次のお題、「冷凍冷蔵庫」といきましょう。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

2009年7月23日木曜日

24. 「ロボット」

漫才の平和で来たかー、まいったなぁ(^oo^;)(^oo^;)
重たく思いすぎずに、いいことなんだから、どんどん口にだしちゃおう、どんどん広めようってのは、私も賛成。昨日、合唱団の練習に行く前に、オバマ大統領の噂の名演説、六月のカイロでの原稿を印刷した。まだ最初のページしか読めてないけど。(原稿や動画などはホワイトハウスのウェブから見られます。ここをどうぞ)

その中にこんな部分がありました。

I do so recognizing that change cannot happen overnight.  変化というのはひと晩で起こるものではない。
そこから、一回や二回ええスピーチしたからといって、何年もかけて積み上げられた不信感というものは取り去られないし、創り上げられたいろんな複雑な問題に、すぐにすべて答えられるものではないというような言葉が続き、その後

But I am convinced that in order to move forward, we must say openly the things we hold in our hearts. and that too often are said only behind closed doors.

とあります。そんな難しい状況から、少しでも前に進むには、状況を進展させるには、閉じられたドアの後ろでささやかれていたこと、心の中に持っていることを、私たちはもっと表に、口に出していうべきだと言っています。

「平和」という言葉もその一つなのかなーと、たこぶの書いた文章を読んだあとに、これを読んで結びついたのでした。この演説は、歴史に残る演説になりそうだし、時間を見つけて、ゆっくり読み込んでいけたらなぁと思います。それに、いいなって思うことは、少々照れくさくても口に出していきたい、誰かと分け合いたいというのも、賛成です。


一方て、うーん・・・・難しいなと感じたこともあります。
たこぶの「平和」についてのエントリを読み、それから、次の「ロボット」というお題をもらって、その両方を並べて私が、思ったこと。「理想の世界って何やろ。理想の暮らし、理想の社会って?」ってことです。

戦争のない世界。誰も争わない、みんながお互いを理解する、ケンカがない。そんな世界が本当に来るのかな。来たとしたら、人間の内面はどうなっていくんだろう。

ロボット。昔、子ども頃、ロボットがもっともっと開発されたら、人間の暮らしが楽になるって夢みてた。家事もやってくれる。テレビのチャンネルだってかえてくれるし、買い物にもいってくれて、力仕事もやってくれる。洗濯も掃除も、料理だって。あれ・・・・そしたら、人間はどうなるんだろう? 何もしなくてよくなったら、人間の足も手も退化してしまって、ただのアメーバみたいなかたまりになるんかなー。こわ~とか(^oo^;)

よくSFの世界であるのが、理想の社会。理想の星。そこには、花が咲き乱れ、一年中、春の陽気で、人々はいつも笑顔で助け合い、楽しく語り合い、決して争うことなく、譲り合い、愛しあい・・・・。犯罪もゼロ。争いもゼロ。生活はロボットが助けてくれて、住人はめんどうなことは何もしなくていい。住人たちはただ語らい、学び、やりたいことをして過ごす。

こういう社会が本当にできたしたら、どうなるんだろう。

人間のなかの、醜い感情や、ネガティブな感情って、持ってはいけないと思っても、持つのをやめられない。誰かを嫌いになることもあるし、誰かをねたむこともあるし、自分を嫌いになることもあって、もう生きているのがイヤになることだってある。それがよくないって分かっていても、やめられない。理想の社会ができて、誰も争わなくなったら、そういう気持ちはわかないの? それともそういう気持ちを押し殺してしまうの? どうなんやろなぁ。

結局、「理想の社会」って「バランスのとれた社会」ってことなのかな。ケンカはときどきあるもので、でもそれが殺しあうようなことにはならないように、しっかり面と向かって、お互いが話し合いできるようにするといいのかな。そして、結論として、お互いが違っていて、相手のやり方に納得できないときはどうするのか、だからといって恨んだり、嫌いになったりするんじゃなくて、どうするんだろう。職場で、どうしても気が合わない人がいたら、合うようにがんばってみても、やっぱり何もかもが合わないって分かったらどうするのかな。その職場をやめるのは、消極的なのかな。いや、一つの解決方法のような気がするなぁ。

うーん、何を書いているのか分からなくなってきましたが(^oo^;)

今、衆議院が解散して、国の政治が大きく変わるかもってときになって、各政党が、理想の社会の実現目指して、色々公約を出してきていて・・・・。いいことばっかり言われても、それが全部実現されたら、何か気持ち悪いよなぁって思ったり。どの程度、いたみをしっかり見すえた上で、みんなしてがんばれるかって、私たち一人一人の生活状態が違うから、気持ちを一つにするのは本当に難しい。生活の状況がまったく違う人の気持ちを理解するのも、たぶん難しいんだと思う。

プラスとマイナスは、いつもやっぱり存在するもので、心の中の善と悪というのも、ある程度存在するもので、そのバランスをとることがたぶん大切で、これはあかんでしょーっていう限界ラインというか、それをみんなで共通に持つことが多分大切で・・・・。だから、生活の面でも、最低これぐらいは保障されていいでしょうっていう恩恵を、すべての生活できていない人たちが受けられるとよくて、少し経済的に余裕のある人が、その人たちのためにガマンするといいのかな。うーん。あー、あかんわからんな(^oo^;)


ロボットに戻ろう(^oo^;)

ロボットが何でもやってくれる社会が来ると子どものとき信じてた私。
一番最初の記憶で馴染みのあるロボットというとやっぱアトムかな。見てたなぁ。あと、マグマ大使とか、あ、ドラえもんもそうか。

ここ数年で、ロボットの開発って、すごく進んでるみたいですよね。どっかの万博で受付嬢がロボットで、ちゃんと問いかけにアドリブで答えられて、顔もすごく人間に近くて。昨日は、ブライダルショーで、ウェディングドレス着たロボットのモデルが登場したとか。ペットロボットもはやりましたな。アイボとか。別に家事とかしてくれるわけじゃないんだけど、ペットを飼うという行為によって、人間がいかに癒されるのかってすごいなぁって思った。

私が今、どんな種類のロボットでも一つあげましょうって言われたら、どんなロボット欲しいかなぁ。うーん・・・・。やっぱ一番はお掃除ロボットかな(^oo^;)それも、家の中の汚い部分を感知して、自分で判断してやってくれる。壁でも床でも家具でもガスレンジでも。拭く、掃く、磨く、洗うと、自由自在に・・・・・。で、家の中がいつもぴっかぴかで、ホコリなしの生活、あー夢だー。

でも、そうなると私たち夫婦は、ますますぶたの道一直線なのかも(^oo^;)(^oo^;)

人間、身体を動かさなくてはいけませーん。はい、分かりました(^oo^;)ってことで、家事ロボットは、身体が不自由な人、どうしても必要な人にゆずるべきですな(^oo^;)


いつものように脱線しまくりだったけど。ほんま、ちょうどええバランスの社会ってどんなんなんかなーって、ここ二日ぐらい、ぼーっと考えてしまった私なのでした。皆さんはどう思いますか? ほんま難しい質問ですね。


さて、次のお題。
こうやって、パソコンを打ってるすぐ横には窓があって、少し開けてます。それから部屋には扇風機。クーラーあるけどあまり入れない。気持ちのいい風が吹いてきます。今日はそれだけでガマンできる程度の暑さですな。いい感じ。

そう、次のお題これでいこう。「風」どうかな? いろんな風があるもんね。


たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

2009年7月21日火曜日

23.「平和」

眉毛の手入れは、必要なのでしています。長く伸びてくると、目に入ってくるので。

さて「平和」ときて、一番最初に思い出すのは「ラッパ・日佐丸」の漫才だ。
しゃがれ声でボケを連発する平和ラッパと、ツッコミの日佐丸。漫才のおしまいは、
日佐丸「こんなアホ連れてやってまんねん」
ラッパ「ほんま、苦労しまっせ」
日佐丸「それはこっちのセリフやがな」
ときて、ふたり揃って、
「はっはー、しゃいならー!」
と勢いよく一礼して舞台袖に引っ込むのだ。
子どものころから大好きで、よくマネをして「はっはー、しゃいならー!」とやっていた。平和ラッパはおかっぱ頭で細い眉毛に線のような細いつり上がった目、出っ歯と、鳳啓介をさらにぶさいくにしたような顔つきで、背広もだぼだぼで全く似合っていなかった。坂田利夫が出てくるまで、大阪を代表する「アホ」だった。
ところが、相方の「日佐丸」の方は、どうにも印象が薄い。しゅっとした好男子だったような気もするし、ちょっとおじさんだったような気もする。
実は「日佐丸」の字もよく覚えていなかった。それでWikiで調べてみて分かったのだが、ラッパ・日佐丸というのは何代か続いているのだ。僕が知っている平和ラッパは2代目で、これが一番長かったらしい。相方の日佐丸は、その2代目ラッパの相方が何人も替わっていった、となっている。なるほど、だから印象が薄いのか。

それにしても、芸名に「平和」と堂々とつけるところがすごいなあと思う。「平和」って、結構重たいイメージがあるからね。
でも、とも思うのだ。重たいイメージは、僕らが勝手につけてるんじゃないだろうかと。
平和っていう言葉は、年々重みを持ってきているように思うけれど、そしてそれが決して悪いこととは言わないけれど、もっと軽々しくつかってもいいもんなんじゃないかとも思うのだ。
前のお題の「ことば」じゃないけれど、「重々しいから、滅多に使わない」では、言葉に負けてしまう。ますます「平和」が遠のいてしまうような気がする。

だから、もっともっと気楽に気軽に、しょっちゅう「平和」「平和」と言い続けることが大事なんじゃないか。物の名前にもいっぱいつけたらしい。
「平和まんじゅう」「平和うどん」「平和鉛筆」「平和扇風機」「平和洗濯機」「平和パチンコ」「平和カー」「平和自転車」「平和パソコン」「平和雨どい」「平和パンツ」「平和ブラジャー」「平和温泉」「平和歯ブラシ」「平和つまようじ」
どうだ、まいったか。
そして「平和ラッパ・日佐丸」。漫才師の名前なんて、最高じゃないか。平和ラッパがしゃべるボケを聴きつつ、「ああ、日本は平和だ」と思うのもいいんじゃないか。

こんなことを書くと、「日本人は平和ボケしているのだ」と言われるかも知れない。それでもいいよ。平和ボケの方が戦争ボケよりなんぼかマシ。戦争ボケになったら相手を攻撃せずにはいられなくなって、誰かを傷つけるのは間違いない。平和ボケなら自分が傷つくだけで済むじゃないか。平和ボケ結構。みんなで平和ボケになろう。ぼーっとしてる間にどこかの国が攻めてくる、ということはあまり考えないでおこう。なんとかなる、と高をくくっておこう。

どこかの国の言い伝えで、「眠る前に、隣りの人に「愛と平和」と囁いてみよう」というのがあった。本当にそんなことをしたら照れくさいけれど、大事なことは照れくさくてもなんでも、口に出して言わなあかんのかも。
大河ドラマの直江兼嗣の甲には「愛」と貼り付けてあるけれど(ほんま、貼り付けてあるという感じ)、「愛」はときどき闘争的だったり(愛のために戦うとか)、自己中心的だったりするから、心の底の方まで信じるというのが、あんまりできないのだなあ、僕は。愛のためなら何でも許される、というのはおかしいような気がする。だから愛国心がないとか言われるのか。面と向かって言われたことはないけど。
国を愛する気持ちはあるけどね。でも同時に、国が平和でありますように、とも願うなあ。

デーモン小暮閣下が、「夢は何ですか?」と訊かれて、真顔で(たぶん。真顔かどうか判断しにくいけど)、「世界平和」と言ったらしい。これ、いいなあ。いつか使ってやろうと思ってるんだけど、僕の将来の夢について興味がある人がいないので、使う機会はないままです。
でも、本気で、世界が平和になったら、どんなにいいだろうと思う。どれだけ暮らしやすいだろう。心を痛めることがなくなるって、どんな気持ちなんだろう。今この瞬間にも、地球のどこかで、飢えていたり苦しんでいたり悲しんでいたりする人たちがいて、その苦しみを他の人への攻撃という形で拭おうとしていると考えただけで、悲しくなる。
世界が平和になるなら、命をかけても惜しくないとさえ思うことがある。でも、僕ひとりの命ぐらいではどうも世界中に平和がやってくることはなさそうだ。目の前に神様(悪魔?)が現れて、僕の命と引き替えに世界を平和にしてやろうと言ってくれたら、ひょっとしたらその気になるかもしれないけれど、未だに神様にも悪魔にも出会ったこともない。だからもうしばらく、命は大事にしまっておこうと思っている。その時のためにね。


さて、次のお題。
実は今日、衆議院が解散しました。議長が「解散する!」と宣言したら、みんながなぜかバンザイをしていたよ。もちろん首相も。で、首相のバンザイの仕方が、どうにも安物のロボットのようにしか見えなかったのだ。
というわけで、次は「ロボット」でどうでしょう。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

2009年7月19日日曜日

22. 「眉毛」

たこぶの眉毛は、濃い方です。でもって、伸び方が面白い。すんごく長く伸びるのがときどきある。で、目までかぶさってきたりするので、時々カットしてあげます。

私の眉毛は、それと反対にとても薄いです。これ、実は子どものときからのコンプレックス。大人になって化粧ができるようになって、一番嬉しいのが、何を隠そう眉毛を描けることかも。小学生のときぐらいから自分の眉毛が薄いのが嫌いでした。だって、表情がなんていうか、サエナイんですもん。お公家さんっていうか、剃った人っていうか(^oo^;)、ぼーっとした顔に見えてしまうんですね、顔の輪郭がないというか。目、そのものは小さい方ではないんだけど、まつ毛も眉毛と同じくとても薄くて、短くて量がない。あまりよくない例かもしれないけど、よく放射線治療とかした後の患者さんがカツラをかぶっているけど、眉毛とまつ毛が薄いっていう感じがあるけど、私は元々がそれに近いかも。

まつ毛が長いのとか、濃いのとかも、小さい頃からのあこがれ。眉毛とまつ毛が濃い人って、化粧しなくてもすごく可愛い気がしてた。修学旅行とか臨海学校、林間学校なんかの泊りがけの行事のとき、風呂上りになると、自分がマヌケ顔になる気がして、イヤやったなぁ(^oo^;)

で、大人になって、化粧できるようになって、目の化粧は得意になった。たぶん「得意になる必要があった」からかもしれん。アイラインをさりげなく描いて、眉毛を自然に書いて。こういうのって、ナチュラルに生きるってことと反対の方向な気がするけど、実際、眉毛とまつ毛を描かずに外に出ると、「どっか具合悪いの?」「病気?」って聞かれて、逆に心配かけてしまったりする(^oo^;) うーん(^oo^;)(^oo^;)

化粧って慣れの問題もあるから、しなくても慣れたらどってことないんやろなぁ。私の年齢でも、あまり化粧しない人もいるし。でも、私の周りだけの統計だけど、あまり化粧しないのーとか、化粧が下手なのーって言う人って、だいたいは眉毛やまつ毛が元々濃い人が多い気がする。だから、化粧してなくても、薄い人ほどは輪郭がぼやけないというか。

眉毛の刺青みたいなのもいっとき流行ったけど、あれはさすがに勇気なかったなぁ。眉毛にも一応流行ってあるではないですか。すごく濃い石原真理子風がはやったときに刺青してしまって、後々になってみんなが細眉ってなったときはどうするんだろうとか、そんなしょうもないこと考えてしまいました(^oo^;) まつ毛もエクステンションとかあるらしいけど、そこまでなぁって。

あ・・・ちなみに、まつ毛が濃いのは気にしてるんだけど、マスカラはほとんどしません。ときどき、ほんまに時々、音楽や司会の本番のときとかだけ、遠くから見て大きな目に見えた方がいいなぁって思って、マスカラするときあるかな。でも、アレルギーがあるのか、かゆくなるときがあるんですな。汗かいたりすると。だからあまりしない。でも、アイラインはマストです。これがなかったら、目がぼーっとしますねん(^oo^;)


この「薄い」現象は、いいこともあります。それは、いわゆる「スネ毛」が薄いこと。腕や足なんかにはえてる、いわゆる「ムダ毛」(ムダなんていわれて可哀想な毛やな(^oo^;))が、私はほとんどナイ(^oo^;) 女性でも濃い人は多くて、脱色したり、脱毛したりしているもいるけど、私はそういうのは一切不要。

顔以外のところでの化粧というか、そういう手入れという点でいうと、ネイルがありますね。爪。これも私はまったく何もしない。マニキュアは高校生とかの頃に遊びでぬったことがあるけど、それも一度とか二度とかぐらい。それ以降、たぶん一度もマニキュアはぬってないんじゃないかな。爪も伸ばさない。大きいのはピアノ弾くことが多かった暮らしのせいかな。指輪も結局は弾くときにはずすから、忘れるのイヤだし、しない。爪のばすと、弾くときにカツカツというので伸ばさない。お金かからなくていいけど。


ってことで、眉毛というモノには、私のコンプレックスやら、こだわりやら、あるんですな。実は。

ミスター眉毛というと、私の中では、村山元首相かな。あの人の眉毛はすごかったなぁ。あんなに長い眉毛の人がいるんだって思った。イギリスのコメディ役ミスター・ビーンの俳優さんも、たいがいな眉毛してますよね。アーチがすごい。あれで眉毛が薄かったら、全然違う顔になってると思うなぁ。うちの旦那もあれで眉毛が薄かったら、まったく違うインパクトあるやろな(^oo^;)

眉毛ってもしかして、人間の表情を印象づけるものすごく大きな要素なんかもしれませんね。

そういえば、最近、男の人でも眉毛を描いたり、剃って手入れしたりする人増えてますよね。
特に気になるのが、野球関係。高校野球でも、すごくフレッシュなプレーしていて、若いなー、元気やなー、自然のなかでがんばってるなぁ。。。と思ったら、すごく眉毛が細かったり、寸足らずに(私から見て)カットされていたり。いわゆるヤンキー眉みたいに(^oo^;) アンマッチやなーって思う。

プロ野球選手でも眉毛を剃ってる人って多いと思うんですね。阪神の選手では桜井が思い浮かぶかな。

男の人が眉毛をあそこまで剃ったり、描いたりするのって、好みではないかなー。自然が好きかなぁ。元々は芸能人が始めたことなのかな。それで広がったのかな。ジャニーズ系から始まったのかな。もういつからか覚えてないけど、男の人が自分の見かけ、特に顔あたりにすごく手入れをほどこすようになってますよね。これって、何なんだろう。これでいいんかな。女の知ったことではないんかな。女だけでなく、男も中味で勝負ではなく、見かけで勝負なんか。っていうか、元々女は、見かけで勝負やったんか・・・と思うとつらい部分もあるが(^oo^;)


うーん・・・・何を言ってるか分からんようになったところで、この辺にしとこ(^oo^;) 読んでて頭がこんがらがった人、すんまそん(^oo^;)


次のお題。もうすぐ広島に行く私はこれを聞いてみたい。「平和」これにします。最近、抽象的なのが多くてすまん(^oo^;)(^oo^;)

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

2009年7月16日木曜日

21.「ことば」

「野球」という、アンチタイムリーなお題にもちゃんと答えてもらってありがとうございます。さぞかし書き辛かったことでありましょう。でもやっぱり、野球は楽しいのだ。

「ことば」とは、また幅広いテーマですな。
初めに思いついたのは「言霊」。言葉には不思議な力があって、そこには魂がこもっている。だからある言葉を口にすると、そこに宿っている魂が呼び寄せられるのだ・・・・おお、怖っ。
こういう話は昔からあったのかな。「ハリー・ポッター」でも同じような話が中心になっていたなあ。ヴァルデモートの名前は、みんなが言いたがらない。それを言うと本人が蘇るのではないか、今ここに現れるのではないかと恐れるから。
僕はそういう奇怪な現象は、信用はしていないけれど面白いなあと思う。信用してないんだけれど、いざとなったらそういう「呪いの言葉」みたいなものは言う気にはならない。「ひょっとしたら」という恐れも(弱気?)あるからなんだけど。

言葉には魂が宿っているかどうかは分からないけれど、言葉にいろんなイメージが宿っているのは間違いない。この交換ブログにしてもそうで、ひとつの言葉である「お題」から、お互いがイメージをふくらませて書いているわけだから。
人間の記憶は、映像であったりイメージであったりするけれど、ある言葉であったりもするのだな。ある言葉から、ひとつのイメージなり映像なり記憶なりが(おなじことか?)呼び戻されることもある。
さらに、同じ言葉を使っていると、違う人間でも同じイメージが浮かぶこともある。
「赤」というと、その色が思い浮かぶ。「木」というと、大きさに違いはあれ同じような植物を思い浮かべるだろう。
そうやって、同じイメージを同じ言葉で共有している。だから言葉が通じると意志が通じるのだな。

人間は長い長い時間をかけて言葉を生み出した。言葉をものにした、といってもいいかも。初めはものの名前なんかを言い表すために必要だったのだろう。言葉は初めから、コミュニケーションの道具として発達したのだ、きっと。
やがて、ものの名前だけじゃなく「感じ」も伝えるようになった。「ぞくぞくする」とか「気持ち悪い」とか。
さらに進んで、目には見えない、実体もないものにも名前をつけた。「心」とか「愛」とか「悲しみ」とか。それも言葉で言い表すようになった。
ここまで、あくまでも仮説。勝手な推論。

そういう「実体」や「実感」を表し伝えるはずだった言葉が、だんだんそれ自体として独立して、曖昧な使われ方をしているのが気になるなあ。
いろんな言い回し。「~させていただく」とかは、どうも馴染めない。「させてもらう」ぐらいでよさそうなものなのに。「~いたさないことを決めさせていただきました」何のことやら。へりくだりもほどほどに。

こういう「言い回し」の話になるとさらにややこしくなるので、これはここまで。次の機会に。機会があれば。
言っておくけど、「ことばあそび」みたいなことは大好きです。「さるさらう、さるさらさらう」(c)谷川俊太郎)とかね。

言いたかったのは、言葉が実体をはなれて、あたかもそれ自身で活動しているように思えることがあって、それは時によっては空しく聞こえたり、時によっては楽しく聞こえたりするっていうこと。
空しく聞こえることが多いけれどね。

言葉が乱れるとか、いつの世にも言われることだけれど、言葉を含めたコミュニケーションは日々変化していくものだから、新しい表現、新しい言葉が生まれるのは必然のことだと思う。残念だけど、そのなかで失われていく言葉もあるんだろうなあ。
「美しい日本語が失われる」と嘆く人も多いけれど、今使ってる日本語が昔のままじゃないし。源氏物語をすらすら読める人もほとんど居ないでしょう。あの時代と今とで、どれだけの日本語が変化していったことか。いや、明治から大正、昭和、そして平成と、このせいぜい100年足らずの間にも言葉はどんどん変化していってる。それに嫌悪感を抱いても無駄なこと。

やがて、何千年か何万年か先には、世界中の人たちが同じ言葉を話しているかもしれない。そうでなくても、世界の第1言語が何か決まったものがあって、ほとんどの人がその言語を話すようになる。そんな世界は、楽しいのか便利なのか気持ち悪いのか。今の僕には判断がつきかねる。いろんな人と苦労なくコミュニケーションが取れたら楽しいだろうけど、世界中が同じような言葉の感覚になるというのはなあ。まあそんな心配をする必要もないのだろうけれど。

ともかく。
こうやってパソコンでキーボードを叩くだけで、いろんな人にメッセージを送れるのも、先祖たちが言葉を作ってくれたおかげ。メッセージが(ほぼ間違いなく)届けられるのも、先祖たちのおかげ。コミュニケーションを取ることに力を注いだ先祖たちに、感謝しよう。


いつもどおりにまとまりのない文章になりました。
次はもうちょっと、具体的なテーマにしようかな。
昨日、眼がしょぼしょぼすると思ったら、伸びすぎた眉毛がまぶたにかぶさっていたのでした。ぶたこにカットしてもらってすっきり。
というわけで、次のお題。「眉毛」でどうぞ。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

2009年7月13日月曜日

20. 「野球」

いつか気分のいい勝ち方をしたら、その日にこのネタについて書くぞって思ってたこの三連戦。ええとこないやん(^oo^;) 二日連続延長12回までいって、負けたのと同点。で、今夜は普通に負けた(^oo^;) ホーム球場で裏攻撃だと思えないこの結果。いよいよどうしたらいいんかなって状態になってきましたね。相手のGにはクライマックスシリーズのマジックまで出たらしく。とほほほほ。


って、野球の話ってなると、やっぱプロ野球、しかもタイガースのことから始まってしまう私です。

プロ野球が好きになったのっていつごろからかなぁ。
阪神が好きになったのは、結婚してからです。たこぶと一緒に見るようになってから。結婚して最初の頃は、二人とも野球よりは相撲を見てました。私は寺尾が大好きで。東京の両国にいって、寺尾の部屋の前まで、ただその部屋の玄関を見に行ったのが懐かしいなぁ。年代が入れ替わって寺尾も引退してっていう頃から、相撲熱がさめてきました。

で、何のきっかけやったか、野球を見るようになって。阪神が好きになって。でも、最初の何年かはテレビで見るだけ。球場で応援してみたいけど、甲子園なんて、一部のファンだけが行くもので、自分たちがいっても、勝手が分からんし、どう振舞っていいのか分からんし、あんな大声で応援なんてできるわけないし、恥ずかしいし・・・とか、そんな風に思ってた自分たちが今では信じられません(^oo^;)

初めて甲子園に行くって決まったときは、確か、すごく調べまくったなぁ。せっかく球場に行くんだから、各選手の応援歌はうたえるようになろう、チャンスマーチはどんなんか、応援のルールってどんなんやろって。ネツトを検索しまくった。今は便利な時代で、選手の応援ソングも、しっかり音源だけでなく楽譜まで手に入るんですね。私たちの場合、字を読むように楽譜を読むので、音源よりも楽譜があった方が歌えてしまう。甲子園にも楽譜を持参して、最初はそれ見ながらおずおずと歌ったもんです。でも、試合が終わる頃には、そんな紙を見なくても、すっかり覚えて、必死でミニバット叩きながら大声で歌ってた。繰り返し繰り返し歌ううちに、自然に覚えるもんなんですね。球場全体がみんな声をあわせて応援している、この原始的なというか、自然な合唱団状態に、なんか胸の底から感動がこみあげてきて、なんでもない場面でも涙ぐんだりしたもんです。歌ってすごいなー、人のパワーってすごいなぁって。

一度行ったら、球場観戦というのは、ヤミツキになりますな(^oo^;)
それからは、もう数えきれないほど足を運んでます。いや、そりゃ年間指定席を買うような方々とはレベルが違いますけどね。でも、私たちのなかでは、年間に五回とか十回とか行くとは思ってなかったわけですから(^oo^;) 去年1年は、私が日本にいなかったこともあって、たこぶも一度も球場に足を運ばず。一人でいっても面白くないんだって。私も向こうで一度ぐらいは観戦するかなぁって思ったけど、テレビでメジャー野球を少し見たぐらい。

今年帰って来てから、まだ甲子園に行ったのは一度だけかぁ。二回目が広島のマツダスタジアムになりそう。おもしろいなぁ。対戦相手は阪神ではないので、今回は広島側のシートにしました。赤松も喜田もいるし、ブログを愛読している元横浜の石井もいるしね。

とにかく、私たちは夫婦して野球がめっちゃ好きなのです。



では、たこぶと出会う前の話。

プロ野球で初めて好きになったのは、高校のとき、近鉄でした。バファローズ。
理由は、すごく不純で、そして単純(^oo^;) その頃好きだった男の子が近鉄ファンだったから近鉄の試合がテレビ中継されることなんてなくて、ラジオでいつも聴いてた。勝ったか負けたか分かったら、その子と話のネタができる。ほとんどそれが理由(^oo^;)あー、なんてアサハカなんだ(^oo^;)

そんなのが長続きするはずもなく、その子への興味がうすれた時点で、近鉄のことも忘れてたよーな気がします。あははははは。


でも、こうやって思い返してみると、私、けっこう昔から、野球が好きやったみたい。っていうか、スポーツが嫌いじゃなかったみたい。たとえばね、土日とか家にいて、テレビで、なぜかゴルフ中継を見ていた。中学とか高校のとき。女子としては、変わってますよね。けっこう。パー、バーディ、イーグル、とかそういうルールがわかってくると、ゴルフって面白いやんって思いながら、あの単調な画面をずっと見てました。

で、野球に戻ると、中学のときは、高校野球を何度か見に行ってます。甲子園に。その頃の親友が、原くんのファンだったのです。そう、今の巨人監督の原さん。原くんが東海大相模の現役のとき、入場行進を見に行こうと、張り切って出かけて、日焼けて真っ黒になったのを覚えてます。私は原くんには興味なかったけど、友達に誘われて一緒に行って、その日に試合があった中で、山口県の防府なんとか高校のキャッチャーがすんごく男前で、かっこよくて、大好きになった思い出があります。確か新名くんという変わった名前やったなぁ。その頃から積極的というか、誰とでもすぐに交流できると信じている私、ファンレターを出してしまうのですな。で、しかも、これがまた、返事が来たのです。手紙に対するお礼と、これからクラブを引退して、大学受験にがんばりますみたいな内容やった。直接返事が来て、すごく嬉しかったのを覚えてます。

それから高校生になって、さっきの近鉄ファンになった一時期をのぞいて、その時代になぜか甲子園に二回ほど足を運んでます。それは、その頃の親友やった子がジャイアンツのファンやったから。だいたいいつも、友だちに付き合って、いろんなところに行くんですな。友達や好きな子に影響を受けやすかったんかな、私。その友だちは、巨人の西本投手の大ファンやった。確か背番号は26番とちゃうかったかなぁ。毎日、ゆうべの試合はこうやった、ああやったと、野球の話ばっかりしてたその子。甲子園で阪神-巨人戦があったときに、巨人側のシートに座って応援。周りには応援団のおぢさんがいっぱいいて、女子高生だった私たちは人気モノに。「今度からは、おっちゃんらの友だちやいうたらな、タダで入れるで」とか、そんな甘い言葉までかけてもらいましたが、その恩恵は使わずじまいでした(^oo^;) 私は心の中で「友だちは正真正銘の巨人ファンですけど、私はニセモノなんですー、ごめんなさーい(;oo;)」とあやまり続けてましたな(^oo^;)


こうやって思い返してみると、私の人生、けっこう野球に関する思い出多いね。女の子の割には、野球を見に行ってる方かもしれん。運動神経はめちゃにぶいので、やるのはダメだけど、スポーツを見るのは、ほんまに好きやなぁ。


野球が好きな自分でよかったと思ったのは、日本にいるときだけでなくて、去年過ごしたNYでも。
アメリカの人たちは、アメフトか野球。アメフトのことは分からんけど、野球を知ってるだけで、かなり会話のネタになります。老人ホームでも、いろーんな人と野球の話しで盛り上がった。年配の人とでも若いスタッフとでも。ブルックリンにドジャーズがあったときの思い出を話してくれた人。昔はヤンキースタジアムにも行ったのよって話してくれた人。身体が弱いけど、野球選手を見ていると元気になるっていってくれた人。それまでうなだれていた弱々しい感じの人が、野球のデータに関しては博士みたいによく知ってて、話し始めると、すごく生き生きしてきたり。WBCで日本が優勝したときは、みんなからよかったねって言ってもらったし。それから、私がファンであるラジオ番組のホスト、ブライアンも大のヤンキー。野球への愛は、世界共通。音楽が好きなことと、野球が好きなこと、これだけで、英語を少しぐらい話せなくても、分かり合える何かがあるんですね。

つまり、何かに対する愛情は、言葉を超えたコミュニケーションの手段になるっていうのを実感したのでした。どんなことでもいい、これが好き、これを愛しているんだっていうモノを持つことは、素晴らしいですね(^oo^)


ってことで、阪神タイガースの皆さんにも、優勝の可能性とか、クライマックスシリーズとか、そういう目先のこと、今年のこと、とか、いろんなことに惑わされずに、一試合ずつ全力で戦ってほしいし、そういう選手たちを私たちもあきらめずに、ずっと応援しなあかんね。野球愛を忘れたらあかん。


・・・と、阪神に話が戻ったところで、次のお題にいきますわ(^oo^;)


えっと、何かに対する愛は、大切なコミュニケーションの手段になるってことで。んじゃ、ことばってなんだろう。次のお題は「ことば」これにします。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

2009年7月10日金曜日

19.「フォークギター」

暑い。ムシムシしている。セミも鳴き出した。昨日からクマゼミ。今日からアブラゼミも加わっているらしい。朝からわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃと近所の神社から聞こえてくる。夏だなあ。

フォークギターと夏。なんとなくしっくりくる。夏休みにギターをいっぱい弾いていたからだろうか。フォークギターを買ったのは中1の冬だったか。お年玉で買ったのが最初。ひょっとしたら、お年玉で買った初めての買い物かも。その前までお年玉を何に使ったのか、全く覚えていない。
ちょうどフォーク・ブームで、クラスにもギターを弾くヤツがいて、兄がクラシックギターを買ってもらっていて、自分にもほしかったのだ。兄はどうしてギターを買ってもらったのだろう。しかもクラシックギター。なぜクラシックギターだったのかは想像がつく。安かったのだ。フォークギターなら2,3万は下らなかった時代、クラシックの安物なら4,5千円で売っていたのだ。もちろん兄も(信じられないが父も)しばらくはギターの練習をしていたようだ。「禁じられた遊び」の最初の部分とか(最初しか聴いたことがない)。
やがて、兄の目を盗んで僕も練習するようになった。月刊芸能誌の「明星」の付録に「ヤングソング」というのがあって、その時流行っている歌の、コード譜なんかが載っていたのだ。それをじゃんじゃんと鳴らしながら歌ってみたりして。そこで覚えたフォークソングがいっぱいあった。フォークソング。ほとんど死語に近いな。やっぱりギターで弾き語りといえばフォークソングでしょう。昔の曲(イムジン河とか若者たちとかも、それで覚えたと思う)もいっぱい載っていたなあ。
中1の時(たぶん)、念願の自分のギター、しかもフォークギターを買ったのだった。メーカーなんか関係なく、その時のお年玉で買える値段のもの。どんなものがいいなんて分からないから適当に。そして血の滲むような練習を繰り返した。それまで弾いていたクラシックギターはガット弦。高い方の弦がビニール製の柔らかいものだった。だがフォークギターの高音の弦はスチール弦。細い針金だ。それを指で押さえる。始めのうちは指先に血が滲む。切れる。それでも我慢して弾き続けると、だんだん指先が硬くなってくる。弾きだこか。音も良くなってくるらしい。
ある程度弾けるようになると、それ以上努力したくなくなるのは僕のいつもの過程。コード弾き、アルペジオ、スリーフィンガーまでできるようになると、まあいい感じ。当時はクラスの中でギターが弾けるというヤツはそうはいなかったから、得意になっていたと思う。
フォークソングが全盛の時代。遠足とか修学旅行とかにギターを持ってるヤツは持っていくのがあたりまえ。歌集とかを作って(またまた「ヤングソング」のお世話になるのだ)、みんなで芝生の上に丸座になってシングアウトだ。ああ、青春。

高校生になっても同じ状態。まだまだフォークソングのシングアウト。ただ、ギターを弾けるヤツはいっぱいいて、中にはプロになろうかとかいうようなとんでもないテクニックを持ったヤツもいて、僕の出る幕はほとんどなくなってしまう。それでも、弾き語りは楽しかった。ひとりで楽しむのは、昔から好きなのだ。

今でもときどき、アコースティックギターの弾き語りには心惹かれる。ただし自分ではもうやりませんが。ギターもないし。指の弾きだこもいつのまにやら普通の指になってしまったし。一番弾いていたころは、指紋もなくなってたなあ。今ははっきり、本人確認ができるようになっている。

電子楽器の技術が上がって、シンセサイザーとかを使った演奏も好きだけど(プログレ大好き)、ときどき生の音楽がとても聴きたくなる時がある。サイモンとガーファンクルとか、ジョニ・ミッチェルとかの初期のころの録音を聴くと、心が落ち着く。そして時間が昔に戻るような気がする。懐かしい気持ち。ロックとかを聴いても「懐かし~」と思うのだけれど、それとは違う懐かしさを、アコースティックな音楽には感じるなあ。

そんな演奏を、こないだのアリスに期待したんだけど、やはりいろいろ手が込んでましたね。仕方のないことか。


こんなところでどうでしょう。
さて、次のお題ですが。今いちばん触れたくないもの。
「野球」
にしましょう。どうですか?

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

2009年7月9日木曜日

18. 「星座」

七夕はあいにくのお天気でしたね。今夜の大阪も小雨です。ここんとこ、お天気が不安定。タイガースの成績は低調で安定・・・・うーん、どんなんやねんっ(^oo^;)

ってことで、たこぶからの今回のお題は「星座」ですか。

星座といって思い出すのは、「星の世界」という歌。輝く夜空の~で始まるんだけど、小学校で習った記憶があります。これが讃美歌にあるとは教会に通うようになるまで知らなかった。讃美歌では確か312番で「いつくしみふかき」で始まります。で、NYに行って、この讃美歌が英語でもすごくよく歌われている曲だと知りました。「What a friend we have in Jesus」という題名。老人ホームの礼拝で何度も弾いたなぁ。イエス様は友だちだよ、いつも側にいるんだよって、誰かが落ち込んだときに励まし慰めのために歌ってた。元々はどれが最初なのかな、この英語の讃美歌が最初なのかなぁ。


昔、大阪の四ツ橋というところに、市立の科学館があった。そこにプラネタリウムが入っていて、よく見に行ってたなぁ。特に中学時代。なにせうちの中学から徒歩五分の距離だったから、親友の伊智子っていう子と二人でよく行った覚えがあります。静かに過ごしたいとき、なんとなく悩み事があって、宇宙は広いんだ、自分の悩みは小さいんだって思いたいとき、恋してロマンチック気分になりたいときとか。プラネタリウムって独特のムードありますよね。暗闇をシェアするというか、暗闇のなかに知らない人たち同士が一緒にいて、同じ時間を過ごす不思議というか。夕焼けが来て、暗くなって、おだやかな声の解説が入って(必ずおだやか系の声なんですよね、解説)、その季節ごとの方向の空を詳しく眺めて、最後また朝の太陽がのぼって星座ショーが終わる。なんか、そこにいる人たちとひと晩一緒にキャンプして過ごした、そんな気持ちにさえなるんですな。そうともいえるし、誰か友だちと行っていても、自分一人だけで宇宙のなかにいたような、誰もそこにいなかったような心地いい孤独感もあったり。プラネタリウム、好きやなぁ。

二年ぐらい前やったか、東大阪のプラネタリウムにたこぶと行きました。すごく久しぶりやった。子供向けのプログラムやったこともあるけど、アニメとかCG効果とかが駆使されていて、昔の静かでロマンチックな感じではなかったけど、まっ、それなりに楽しかったかな。もう少し落ち着いた大人でも楽しめるようなプラネタリウムがもっと増えてもいいのになぁって、そのときにも書いた気がするな。


美しい夜空を見るのは、私が住んでいる東大阪からはかなり難しい。ってことで、美しい夜空を見た思い出は、そのまま旅の思い出につながり、たこぶが書いてくれた前のテーマにもつながるのです。

一番覚えているのは、山中湖。
もう10年ぐらい前になるかな。山中湖のペンションで音楽仲間が集まって、一晩中音楽のアンサンブルして遊んだことがあります。バイオリン、ビオラ、チェロ、ピアノ、ホルン、ピアノ、リコーダーとか、いろんな楽器の人たちが集まって。遊びつかれて夜も更けた頃、何人かの仲間とお散歩に出かけた。静かな中、車の通りもほとんどなくて、ふと空を見上げると本当に満天の星!!思わず全員が道路に寝転んだ。アスファルトの道路に。夏だったかなぁ。だから冷たくて気持ちよかったのかも。みんなして夜中に、道路にどてっと寝転がって、きれいだねー、気持ちいいねー、楽しいねーって。あの時の星は、本当に美しかったなぁ。


一番最近では、2月のアンサンブルワークショプ、アメリカのバーモント州ブラッタルボローという場所で見た星空。歌うのがあまりうまくいかなくて、スタッフとして働いてもいたから、心も身体も余裕がないまま過ごした一日目。一日中、ずっと会場である教会の中にいて、ホームステイ先のお宅に向かうために、もうくたくただーってけっこう沈んだ気持ちで、教会を出た。あー、もうイヤだー、来なけりゃよかったよーなんて思った私を迎えてくれたのは、満天の星だったのでした。あー、そうだねー、すごーく遠くから、美しい光を、すごいエネルギーをこうやって届けてくれているんだね。僕らも生きてるんだよーって、ここにいるよーって。宇宙はすごいよ、きれいだよ、こんな素晴らしい光が見られて幸せだーなんて思ったら、沈んだ気持ちが、いく分か楽になったのでした。


今年が終わるまでに、どこか旅に出かけるのかなぁ。またきれいな星が見られるのかなぁ。日本の中のどこかに旅したいなぁ。日本のどこかに住む人と話したいなぁ。その土地のものを食べて、文化を感じて、リフレッシュしたいなぁ。青春18切符かな、それともたまったマイレージで国内旅行かな。どっか行きたいなぁ。

星の思い出を語ってたら、旅に出かけたくなってしまった(^oo^;)


次のお題。

さっきね、NHKのSONGSという番組を、かなり情熱的に見てしまいました。今日はアリスの特集。私の青春と重なるグループの一つです。かぐや姫とか、アリスとか、オフコースとか、好きやったなぁ。

ってことで、次のお題は「フォークギター」これでいきたいと思います。

たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

2009年7月8日水曜日

17.「旅」

「きみはっ、なにをいっまっ」のレコード、うちにありますよ。シングルのドーナツ盤。ドラマもずっと見てたしなあ。確かにあのドラマの世界にあこがれてたけど、現実は甘くないのだ。

さて、「旅」
「月日は百代の過客にして、、行かふ年も又旅人也」(芭蕉)
いきなりかっこよく始めたった。芭蕉は旅をして、その中で句を詠んだ人。芭蕉に限らず、旅を好んだ歌人、俳人は多いはず。その最たるものは種田山頭火か。詳しくは知らないんだけど。旅をしつつ句を詠む。その句も、五七五の形にとらわれない形。放浪する人は、いろんなことにとらわれないのかもしれないなあ。
あるいは、人は誰でも「放浪」に憧れがあるのかも。放浪の詩人、放浪の画家。何人も居そうだけれど、そういう肩書きがつくと、なんとなくかっこいい。かっこいいと思うのは、そこに憧れがあるからだろう。憧れがあるということは、多くの人は放浪したくてもできないということだ。だから放浪している人の話を聞き、放浪している人の句を詠んで、放浪を追体験しているのかも。それで満足している。ちょうどテレビの旅番組を見て温泉につかってうまいもんを喰った気分になるように。

おかげで、旅をテーマにした芸術作品は数限りなく存在する。いまちょうど、武田百合子の「犬が星見た」を読んでいるところだ。夫武田泰淳やその友人の竹中好らと行った旧ソ連の旅行記。武田百合子の観察眼に圧倒されっぱなし。事実を並べているだけなのに、感情がほとんど見えないのに、おかしい、楽しい、わくわくさせる。

本の話はおいといて。
よく考えてみると「放浪」と「旅」とはちょっと意味合いが違う。「放浪」になると、どこに行くか行き先は全く見えてこない。終着はどこなのか。決まっていないのが放浪だろう。「旅」となると、いつかはわが家に帰ってくる、そんなイメージがある。
「しばらく、旅に出ます」
というと、どこかで自分を探しに行って、でもいつかは元の場所に戻ってくるという安心感のようなものもあるけれど、どうだろう。
「放浪」の末に、結局は元の場所に戻ってくる、ということもあるかもしれない。童話の「青い鳥」みたいだ。読んだことないけど。いろいろ探し回って、一番大切なものは元の自分がいた場所にある。そんなところだろう。なんだか教訓めいていて、好きになれないなあ。別に僕が好きなろうがなるまいが話は存在するんだけど。


昔は、旅行がそんなに好きでもなかった。出かけるのはめんどくさいし、旅先で知らない人に会って話をするのもめんどくさい。だいたい他人と話をすること自体がいつもめんどくさいのだから、そんな人間がわざわざ見ず知らずの場所に行って見ず知らずの人と出会うなんて、考えただけですくんでしまう。お土産の算段、お小遣いの心配、考え始めると再現がなく後ろ向きになっていた。
そんな風だったんだけど、ぶたこと一緒になることで180度変わってしまった。
旅行は楽しい。知らない場所に行って知らない人と出会う。相手にとってもこちらは異邦人だ(たとえのはなし)。だから対等だといえる。いろんなものを見てやろう知ってやろうと思うと、いろんなことが見えてくる。その面白さ。
でもこれはひとりではどうにもならなかっただろう。ぶたこが一緒にいて、いろいろ世話を焼いてくれるからこそできること。ぶたこに任せておけば安心というのがある。ひとりでどこかに出かけるというのは、今でも苦手だ。
つまりは、いろいろ考えるのがめんどくさいんだろう。それさえなければ、旅行を楽しむことはできるんだけど。それでは旅行の醍醐味がない。確かに。それでも楽しんでるんだから、いいではないか。人には人の楽しみ方があるのだ。

結婚するまで、飛行機に乗ったこともなかった。初めて乗ったのは北海道旅行。冬の北海道でカニづくし。新婚旅行で海外に行けるかと思ったが、ちょうど湾岸戦争の最中で断念したのだ。これで海外には縁がなくなったかと思ったが、2年後に初めてロスにツアー。ユニバーサル・スタジオ、ディズニー・ランド、ナッツベリー・ファームと、遊園地三昧。「カリフォルニアに雨は降らない」と言われていたのに、旅行の2日目は大雨。そういえば新婚旅行も(萩・津和野)雨だったなあ。ときどき雨にたたられる。

毎年、国内、海外を問わず、いろんなところに旅行に行ってるなあ。一時香港に凝ったこともあったし(毎年、旧正月前のバーゲンを狙って行ってた)、国内秘境めぐりのようなものもあったなあ(観光客がほとんど居ないところを狙って)。青春18切符も、いっぱいお世話になりました。そのすべてが、ぶたこと一緒の思い出になっているところがいいところ。ふたりで行くのが一番面白い。


旅行の思い出を始めると際限がなくなるので、この辺で話題を変えて。
「旅」というと、そのものズバリの混声合唱組曲「旅」を思い出す。たぶんいままで一番たくさん関わった合唱曲だと思う。何回も歌ったし、何回も指揮をした。僕はこの曲が大好きなんだけど、どうやら最近はあまり歌われないらしい。曲そのものは簡単に歌えるので、中高生の合唱初心者が歌う、易しいけれど面白みのあまりない曲と思われているのかなあ。
冗談じゃない。
どんな曲だって、一生懸命楽譜を読み込んで、歌い込んで、気持ちを込めれば、歌いがいのあるいい曲になるのだ。簡単な曲だから、深みがないと思うのは、そう思う方こそ浅はか。あたらしい耳触りのいい曲もいいけれど、昔から歌い継がれている曲にはそれなりの理由もあるのです。無理やり歌えとは言わないけれどね。くだらないと思わないでほしいだけ。


なんか話が広がっていってしまうなあ。これもまたよし、か。

では次のお題。今日は七夕だから、星にちなんで「星座」としましょう。

ではぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

2009年7月6日月曜日

16. 「定規」

たこぶからのお題は「定規」ですか。

定規といってまず思い浮かぶのが、三角定規、三角定規といえばやはり「青い三角定規」でしょー(^oo^)
きみはっ、なにをいまっ、・・・・この歌が大好きやったなぁ。青春ドラマシリーズ、全部見てたんちゃうかなぁ。あんな学園生活にあこがれてたけど、現実の自分の生活は、ドラマとは程遠く(^oo^;)(^oo^;)

さて、定規について書くのを記念して・・・というほどのことでもないのですが、わが家にある定規類を集めて写真を撮ってみました。


こうやって集めてみるといっぱいあるなぁ。自分で買ったのではなくて、どこかでもらったもの、誰かにもらったものも半分以上。この中で自分で買ったのは、右から二つ目と三つ目の透明のやつと、その隣のブルーのが二つ。それから左から三番目と四番目のシルバーのです。シルバーの横のブルーのは青いビニールテープを使った自作。


定規をウィキでひいてみると、「線分や曲線、角を引くときに用いる文房具である。また物を切断する時にあてがって用いる」とあります。ここで気がつくのですが、長さを計るものではないのかってことです。もっと読んでいくと、「定規」と「物差し」は違うとあります。定規は上記のように線をひくときや、ものを切断するときにあてるもの、で、物差しが長さなどを計るときのものなんだって。知らんかった。混同して使ってたなぁ。

次に思ったのが、コンパス。コンパスって定規に入るんかな。円い線を引く用具だから、やっぱり定規に含まれるかな。小さいときから、コンパスってすごいなって思ってました。直線とかなら、本の端や、板切れの端を使って定規を代用できるけど、まん丸の線が描けることがとにかくすごいぞって思ってました。鉛筆の芯みたいなのをはめるタイプや、鉛筆そのものをはさむようになってるタイプがあったし、それから、小学校とかの授業で、先生が黒板に書くために、チョークをはさむタイプが出てきたときは、かなり興奮したなぁ。そういえば、三角定規とかも黒板用にお化けみたいなでかいサイズのがあったな。あれはすごかったな。


私、昔、定規にはこだわりがありまして。だから、上のようにいっぱい集まってるのかもしれません。理由は、この定規の機能である、線をひくためでも、切るときにあてるためでもなく・・・・。私の仕事に関係してます。大学を中退して入った会社が、デパートの中の部署でDM発送を請け負う会社。外商や状業員家族、その他の売り場(紳士服・婦人服・文房具など)の顧客名簿を管理し、催しに応じて名簿から必要な人を抽出して、DMを発送するというようなことをやってました。私は入力部門に配属され、辞めるまでの数年間(正社員・パートなどを含めると10年ぐらいは働いてたかもなぁ)、来る日も来る日もタイピングの毎日でした。

私が入社した頃は、まだパソコンがない時代。私たちの仕事はキーパンチャーと呼ばれ、昔のSPレコードぐらいの大きなフロッピーにデータを入力してました。1レコードにつき半角の文字が80文字入るタイプと128文字入るタイプがあり、その後256バイトのが出てきたときは、ほーって思ったもんです。

その頃は、端末機と呼ばれるブラザー製の入力専門の機械に、ガッチャンってフロッピーを入れて、漢字変換もなく、文字はすべて今でいう半角。数字、英字、カタカナ、その他の記号が入力できました。私たちの仕事は、顧客名簿の管理だったので、入力していたのは、お客様番号、住所、名前、その他のお買い物データなど(買い物してくださった日付など)やったかな。今と同じ形のキーボードで、日本語を入れるときは、選択の余地がなく、カタカナ。変換ができない直接入力だから、今のようにローマ字入力は存在しなくて、すべての人がカナ入力で入れるしかなかったのですな。その経験があって、今でも私は、英語を打つときはアルファベットの配列を指が感じて、カナを打つときはカナの直接入力しとります。

でかいフロッピーにほんのちょっとしか入ってないデータをいちいちコンピュータルーム(でかい一部屋全体が一個のコンピュータやった)に持っていった時代から、パソコンが出来て、通信の面でも、パソコン通信からインターネットに・・・。時代の移り変わりってのはすごいなぁ・・・とつくづく思いますな。

あれ・・・いつの間にか入力の話が中心になっとるやん(^oo^;)


私がなんで、定規にこだわりがあるかというと、入力するときに必須だったからです。私たちキーパンチャーは、コンピュータから出力されたリストをひたすら上から下へ入力していくというパターンが多かったんですね。あるいは、修正がある分だけ、朱が入った部分だけを入力するとか。このコンピュータの用紙が横に長い! 左端から右橋まで同じ行を人間の目で追い続けるのには限界があって、途中から隣の行にうつってしまいます。そんなときに定規くんが大活躍するのです。入力している行の下に定規をあてると、少々リストから目が離れてもまた目が戻ったときに、さっきのデータに正しく戻ることができます。

で、どんな定規でもええってことないんです。まず、すべらない素材。これ大事。紙の上に置いて、自分でかってにすべっていく素材はあきません。なので、上でいう右側の長い方のブルーのがいいのです。一部がゴム素材になってて、すべらない。でかい紙のリストのときは、このタイプを愛用しとりました。隣の透明なのは、でかい紙なんだけど、数字だけの入力のとき。数字は右手だけで入力できるので、左手がヒマ。左手はずっと定規を持っておける。でもって、数字だけのデータはあっという間に一件の入力が終わり、下のデータにドンドン移動したい。そんなときは、透明な方が、現在入力しているデータを見ながら、目の端で次のデータを見ることができて、打ち進むのがスムーズになり、スピードがあがるのです。

左側の短いのでは、シルバーのアルミ素材とかのが好きでした。これもすべらないから。幅が狭いデータのときに、活用してました。

入力の仕事を終えて、ここ最近では、英語の勉強をするときに活用してます。ペーパーバックなどの本の英文をPCに入力していくとき、入力している行に定規をあてると正確度が高まります。あと、英語の原書と日本語の訳書を比べる時も、両方に定規をあてながら進んでいくと、こっちの本、あっちの本と目が移動するときに、しんどくないのですな。翻訳の講座を受けていたときも、翻訳している本にあててました。でも、このシルバーの定規でも、文庫本のように小さな本だと、紙面が大きく傾いて、すべり落ちることが。それと、紙面のカーブと定規の線が合わずに見にくい。それで手作りしたのが、青いビニールテープのもの。しっかりめの紙を細長く折って、そこにビニールテープを貼り付けただけなんだけど、これがなかなかのすぐれものです。紙面に沿ってうまくカーブしてくれるので、一行ずつゆっくり翻訳していくときとかに、うまく固定してくれていい感じです。



うーん・・・・。定規のことで、めちゃ語ってしまったけど、普通の人たちには興味もなぁんにもないことかもしれんなぁ(^oo^;)まっ、ええか。定規、こだわってるのです。わたくし。こういう人間もおるってことで。っていうか、文房具が好きなんですな。文房具やさんに行って、何も買わなくても、いろんな製品をふーん、ほーって見てるだけで幸せ感じますねんっ。


ってことで、そろそろたこぶにバトンを渡そう。
夏のバカンスの季節ですなー。たこぶが「旅」について何を思うのか知りたいかな。書いてもらおう。

ではでは
たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

2009年7月4日土曜日

15.「扇風機」

洗濯物を干すのは、結構環境に優しいのか。国により地方により、習慣が違うのも面白いね。「大草原の小さな家」なんかで、庭に(庭だと思う)ロープを張って洗濯物を干していたのが懐かしい。ああいう光景はアメリカでもなくなりつつあるということかな。

さて、扇風機。
子どものころよくやった遊び。扇風機の後ろにまわって「ワレワレハ宇宙人ダ」「ぴろろろろ~ん」
声が変わるのが面白かったなあ。子どものころは単純です。

今の時代、涼をとるといえば扇風機よりもエアコンでしょう。日本の家屋は昔に比べると(特にマンションなんか)機密性が高くなっているし。昔の家はすきま風も多くて、むしろ自然の風をどうやって家の中に入れるかということに気を配っていたと思うなあ。
子どものころ住んでいた家は、大正時代にひいおじいちゃんが建てたらしい。昔風の家で、とにかく壁というものがほとんどなかった。壁になるところは押入だったり床の間だったり。いわゆる「田の字形」の間取りで、縁側の戸を開けると風が家の中を通っていく形だった。
夏の夜はどうしていたかなあ。多分、戸は開けっ放しで寝ていたのではないかな。子どもだったから、寝付きの時は開けておいて、寝てしまったら大人が閉めていたのかもしれないけれど。

わが家では今でも扇風機が夏の主役。エアコンは、よっぽど我慢できない時だけつける。外から帰ってきた時とか。ムシムシしてどうにも寝付けない時とか。

ネコがいる3階には、扇風機はつけられない。初め、試しに扇風機を置いてみたのだが、ぐるぐる回る羽に興味津々。興味が湧くと、前足でちょっかいを出さずにはいられないのがネコの習性である。危なっかしいので、即撤退となった。だから3階には扇風機がない。できるだけ窓を開けて、風を通すようにしている。意外にこれだけでも涼しいもんだ。我慢できなくなったら、エアコンに頼るけど。

昔に比べると扇風機の性能も良くなっている。あたりまえだけど。昔の扇風機はモーター音がうるさかったなあ。首振りなどをつけるとさらにうるさい。それにモーター部分がすぐに熱くなった。いろいろ危ないことがあったのだな。

危ないといえば、一番危ないのは指を引っかけることだろう。子供の時、ふざけて回っている羽を手で止めて遊んでいた。勢いよく前から押さえると、案外簡単に羽が止まるのだ。モーターには良くなかっただろうなあ。故障の原因になってたかも。よい子はマネをしないように。

扇風機のプロペラは、原理的には飛行機やヘリコプターと同じはず。そう考えて、扇風機を何台か手に持ったら、空を飛べるんじゃないかと思った。
そんな強力な扇風機があったら、扇風機の役目を果たす前に、どこかに飛んでいってしまう。そこまで考えが及ばなかった。

昔に比べると、モーターの性能が上がっているから、長時間つけておいてもモーター部分が熱くなったりはしない。今メインで使っている扇風機は、買ってからもう10年近くになると思うんだけれど、故障もせずに回り続けてくれている。だいたいこれは、夏場だけのもんやしね。エアコンに比べたら格段に電気代も安いはず。できるだけ部屋を閉め切らず、乾いた涼しい空気を入れつつ回すと、暑い日でも何とか涼しい気分になれる。
今日は雨上がりで、外の気温も下がってるみたいだ。ちょうどいい感じの風が送られてくる。

扇風機にあたりながら書いていると、なんだかのんびりとした気分になってしまいます。ゆるゆるな気分。これもまたいいもんかと。

まとまりのない話になったなあ。
次のお題は、文房具シリーズで(なんのシリーズだか)、「定規」にしましょう。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

2009年7月2日木曜日

14. 「洗濯物」

洗濯物と聞いて、まず思い浮かぶのが、こないだ死んだうちの猫、ぶーこかなぁ。洗濯したてのタオルの上にのっかるのが大好きやったな。我が家の場合、洗濯はたこぶの担当で、たたむのも彼独自のやり方があるので、普段はあまり私は手出しをしないのですが(心からの感謝を持ちつつ・・・ね(^oo^))、昨日は、夕方から一気に雨が降ってきそうだったので、洗濯物を取り込みました。バスタオルやタオルをテーブルの上でたたみながら、あー、ぶーこがいないから、誰もこの上に乗ってこないなあ・・なんて寂しく思っていたのでした。


さて、次に洗濯物といって思い出すのが、何度か経験した海外生活です。
国によって、あるいは、人によって、全然ちがうんですよね、洗濯物を「乾かす」過程が。

私が最初に短期留学したカナダのバンクーバーでの一ヶ月。家の前には広いお庭。芝生がいっぱい。ここに物干し場があって洗濯物を干したら、絶対気持ちいいぞーって思ったけど、いつも洗濯物は乾燥機で乾かしていて、お天気がいい日なんかには、もったいないなぁ・・なんて思ったもんです。その体験で、西洋の人は屋外に洗濯物を干さないのが普通なんだって知ったのでした。

次に体験したのは、ニュージーランド、オークランドでの三ヶ月。今からもう七年前のことだ。ニュージーランドといえば、かつての英国の植民地でその影響を受けているし、英語を話す国だし、きっとここでも洗濯物は乾燥機バリバリだろうという私の予想は、見事に裏切られます。

私が滞在したのは、小学校の教師をしているステイマザー一人暮らしのお宅。「もったいない精神」にあふれた方で、そのお宅も離婚された元ご主人とボロボロだった古家から、自分たちで何もかも改装したとおっしゃってました。そして、そのお宅では、洗濯物は外の物干しで乾かすのが基本だったのです。少々曇っていても、干してはったなぁ。私も週に一度洗濯機を使わせてもらって、外に干していました。ザザ降りのとき、冬になって空気がいつも湿ってきて、どうしても乾かないときだけは乾燥機を使うこともあったけど、雨のときでさえ、室内に小さな物干しを広げまくって、干してはりました。いわゆる「部屋干し」ですな。

エコ意識はとても強い人で、私が滞在した秋から冬の時期、暖房はほとんどつけず。そのステイマザーが愛用していたのが、湯たんぽでした。そう、日本のあの湯たんぽと、ほとんど同じようにモノ。テレビを見ながら、ソファでくつろぎながら、いつもお腹の上に湯たんぽをのせ、その上からひざかけのような毛布をかけて、暖をとってはりました。その後、帰国してから、私も思わず湯たんぽ買ったなぁ。

それから3年後の2005年、私はNYで三ヶ月ホームステイをしました。ブルックリンのサンセットパークという地区。ここでのステイマザーとの洗濯物についての会話も忘れられません。

私が滞在したのは、年配の夫婦に子どもとお孫さんという三世代の家族。夫がイタリア系移民、妻がロシア系移民というカップル。ステイマザーが話してくれたことによると、その地域は、何十年も前まではヨーロッパ系移民がほとんどだったんだけど、ここ10年かそこらの間に、中国系移民がものすごい勢いで増えてきた。実際私がもう一度滞在した去年、この地域はブルックリンのチャイナタウンという呼び名もあったぐらい。

ロシア系のマザーとしては、若い頃には近所にたくさん同じヨーロッパ系移民の友人がいたのに、それがどんどん家を売って別の地域に引っ越していく。一人減り、二人減りと、知り合いがいなくなり、今では、家の周り全部が中国系の人たちに。そして、彼らの多くは英語をあまり話せないし、自分たちの国以外の人とあまり交流しようとしない。文化が違うわけだから、いろんなすれ違いや誤解もおこってくるわけです。

その象徴に洗濯物があったんですね。
「あの人たちは、汚いよ。だって洗濯物を外に干すんだから。景観が乱れて、この地域の値打ちが落ちるったらありゃしない」というのです。私はちょっと驚きました。そうか、外に干すっていうだけで「汚い」ってなるわけかって。ダーティという単語をしっかり使ってはりました。私は、その汚いといわれた中国人の人たちに同情してしまって・・・。だって、彼らにしたら普通のことだし、環境にもいいわけだし。それから私は、一生懸命、日本でも洗濯物は外に干すし、ニュージーランドでもそうだったし、ヨーロッパでも外に干すところがあるって聞いたし、アメリカとちがうところも多いんだよって。太陽の下で干したら、消毒になるとも聞くし、エコにもなるよって。彼らの文化なんだよって。一応マザーは興味ふかそうに聞いてくれて、そんな文化もあるのねって感じだったけど、その後、近所の人たちの洗濯物の干し方に理解を示したかは、知りません(^oo^;)



まっ、私の育った環境では、洗濯物は外に干すのが普通なわけだけど、考えてみたら、パンツとか下着とか、普段ならそんな姿をさらさない部分に着るものまで、外に干してしまうんですもんね。下着を隠して干す人もいるだろうし、下着は乾燥機で・・・という人もいるだろうし、夜中にしか洗濯できない人は、日本でも乾燥機を使う人も増えてきてるみたいだし。でも、わが家はいまだに洗濯物すべてを外に干してますな。乾燥機を使うのは、洗濯の後、しわ伸ばしの目的で少しだけ。その後干す。


このことを、去年NYに滞在していた間、同居していたリサと話したことがあります。リサは、外に干すのって素敵よねーって言ってくれました。エコじゃないのーって。アメリカ人って、エコエコっていうけど、スーパーの袋は二枚重ねないといけないぐらい薄っぺらで、一枚でも破れない丈夫なものを作ろうとはならないし、何枚も重ねてもったいない使い方。職場や交通機関の車内やアパートの室内などの冷暖房は考えられないぐらい極端。夏の冷房は凍えるぐらい寒く、冬は半そで一枚でも脱ぎたくなるぐらい暑かったりする。このエネルギーはどうなんだって。電気は、蛍光灯はあまり普及していなくて、白熱灯がほとんど。電気代はかかるんじゃないかなぁ。そして、洗濯物。乾かしすぎなんじゃないのってぐらい乾燥機が乾かしてくれて、布地が傷んでしまったり(^oo^;) 何事も極端というか、やりすぎというところまでいくというか。

誰か一人だけが外に干していたらそれはやっぱり恥ずかしいんやろなぁ。うちの近所でもほとんどの家がベランダに毎日干してはるからこそ、干してるんでしょね。もし近所の人が誰も干してなかったら、うちも干してないかも。やっぱり「世間体」は気にするし、周りのムードに一致するように行動するのが人間なのね。


ってことで、私にとって、洗濯物の乾かし方ってのは、とてもとても「文化」なのでありました。


あー、色々こうやって思い出したら、面白かったな。

次のお題は何にしようかな。
夏らしく・・・・うんと、「扇風機」、これにしよう。


たこぶ、コレ書いて~(^oo^)

13.「平等」

新聞の折り込みチラシを見てたら、「半夏生」というのが載っていた。夏至から数えて11日目だそうだ。蛸を食べるのだと。つまり蛸の売り出しだったわけだけれど、そういう暦もあるのだなあと思った。お題を出したのはそういう暦とは関係なかったんだけど。確かに一日一日の積み重ねで人生はできあがるわけだけど、1年というとなぜか長いような気がするし、ひと月だと短すぎる。半年ごとに振り返りつつ人生を歩むのもいいかもしれない。あんまり過去を振り返らないタイプなんだけど。

で、「平等」ですか。難しいなあ。何を書いていいのやら。
「平等」という言葉から一番最初に思いついたのは、フランス国旗だ。三色旗の青、白、赤はそれぞれ自由、平等、博愛を表している。というのをWikiで調べました。三つの色はアメリカ国旗の色にもなっている。
世界で初めて「革命」を成功させたフランスは、世界中のあこがれの的だったのかも。だから似たような国旗が世界中にあふれている。

平等が「白」というのは象徴的だなあ。何もないスタートライン。一番始めの、何もないところ。そこから始められる。そんな状況。
フランスではどうだったんだろう。歴史が苦手だったので(さらに「ベルサイユのばら」も見ていないので)実はフランス革命についてはあまり知らないんだけれど、平等を求めた民衆は、国中を平等にしようとして、平等から飛び出した人たちの首をちょん切ってしまったようだ。
そこまでして平等を求めるか。
今はそんなことをしたいと思う人は居ないだろう。

今の日本は自由と平等がある程度保障されているので、実に住みやすい国になっていると思う。もちろんいろんな矛盾はあるけれど。何もかもが平等かといえばそんなことはない。生まれや育ちによっていろいろだ。ある程度の差はしかし、仕方ないだろうと思う。

誰にでも個人差はあるから、何もかも平等というのは難しいだろう。
でもあきらめてしまうのも癪にさわる。
だから、「これは譲れない」という線を、いろんなところにひいているような気がする。
どんな「平等のライン」があるだろう。

法律上のライン
仕事上のライン
勉強のライン
遊びのライン

その時々でラインは変わってくると思う。どれを平等と思うかも。

「公平に」ということなら、もうちょっといろいろあるなあ。
一番公平に物事をすすめようとするのは、子どものころの遊びの時だったかもしれない。
僕は運動神経は全くないし、近所でも一番ちびだったので(大阪弁で言う「ごまめ」だ)、一緒に遊んでくれる子どもたち(僕から見たらおにいさん、おねえさんたち)は、きっと気を使ったことだろう。一緒に遊ぶのには手こずるけれど、放ってもおけない。やっかいな存在だったに違いない。

小学校のころ、公園でソフトボールをするとなると、チーム分けをしなければならない。同級生でのチーム分けは、なかなか公平な方法でやっていたなあ。
まずクラスの主力選手(運動神経のいいヤツ)が二人出てきて、ジャンケンをする(大阪弁では、いんじゃん)。そして勝った方から順に、クラスの中から気に入ったヤツを自分のチームに入れる。ひとりずつ選んだところで再びいんじゃん。また勝った方が好きな人材を確保する。そうやって一回のいんじゃんで二人ずつをとっていく。当然、それぞれが力のあるヤツからチームにとっていくから、両チームの戦力はいつもほぼ同程度となる。もちろん僕は最後の方まで選ばれずに残るのだけれど。そして最後にひとりだけ残るとなると、両キャプテンがチームに入れたがっているのかどうか、ということが気なったりしたもんだけど。
なんだかプロ野球のドラフトみたいだけれど、そうしないとゲームは面白いものにならない。
うまいやり方を、子どもながらに身につけていたのだなあ。


はじめ、「平等」というタイトルから思いついた言葉を書き連ねていったら、なにか堅苦しくて、きれい事を装ったようなものになってしまって、自分でもさっぱり面白くなかった。倫理的に立派な人間であろうなんて、全く思ってもいないのに、言葉にし出すとそういう「立派な」ことしか書けなくなってしまう。
「平等」というのは美しい言葉だけれど、そういう危うさも含んでいるなあ。美しい、正しいことがらゆえに、否定できない、批判できない。多くの人がそれが正しいと思っていることに、反論するのは難しい。反論する気はないけどね。正しいことだし、いいことだと思うし。
でも、当然と思われるきれいごとを並べるのは、なんだか恥ずかしい。なにも斜に構えるわけじゃないけれど、ちょっと別なことを書きたかったなあ。


梅雨が本格的になっているのか、各地で大雨、災害も出ているようです。こんな時に思いつくもの。
次のお題は「洗濯物」でいきましょう。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)